―終わらない戦争―






またこの日が訪れた、今日でこれが丁度三百回目の地上行きになる。

「諸君にはまたつらい任務を負わせてしまうことになるが…」
市長の口調は非常に淡々としていて、感情がぽっかりと欠落したようなものに感じられた。
五年前の涙をこぼさんばかりの表情を見せた市長の姿は今はもうどこにもない。
年を重ねるごとにだんだんと嘘くさく、そして感情のこもっていない薄っぺらい口調へと変化してしまっている。
大体の市長はそんなものだ。
私はこの式典(儀式と言った方が近いか)に毎年参加しているが、皆任期が残り少なくなるにつれてだんだんと感情が無くなっていく、人気取りよりめんどくさの方が勝ってしまうせいなのかもしれない。
酷い市長になると毎年同じ話をするだけの市長もいたほどだ。

三百一年前に小国で始まった戦争は今日まで一年も途切れることなく三百年も続いていた。
我々は三百一年前に地下で生活を始めた市民だ。
皆、元はそれなりの地位や何らかの技術を持っていたいわば特権階級の人間達だった。
三百年前、その人間達は戦争から逃れるためこの地下のシェルターに逃れた。
シェルターといってもそう生やさしいものではない。
数十キロにも及ぶ広大な地下空間、無尽蔵なエネルギー、人工太陽を軸とした半永久的に循環可能な環境。
まさにそれは小さな地球が地下に出現したようなものだ。
だが問題が無いわけではない。
一つは人口だ。
この狭い空間の(地下空間としては広いが)中に二十万人近い人間がひしめきあって暮らしているのだ
いくら何でも二十万人は多すぎる。
人口調整も未だ大した効果を及ぼさず。衛生システムの処理能力の限界も超え、疫病も蔓延し始め食料難に陥る人間も現れ始めた。

出来れば皆、いい加減地上に戻りたいと思っている。
だがその戦争が終わらない。
三百年も戦争が続くことなど誰が信じられるだろうか?
あの百年戦争ですら百年間ずっと戦っていたわけではないのだ。地上の人間は疲労を知らないのか?
三百年も戦争を続ければ人口は十分の一、いや百分の一くらいに減ってしまうだろう。物資も持たないはずだ。
戦争などそう長く続けれるものではない。
冷戦のようなにらみ合いの戦争で無い限り。
だが、この戦争はそうではない。
私たちは地上へ年一回調査団を派遣する。
そして、調査団が見る光景は毎年信じられないものだった。数々の死体の山、廃墟と化し今も黒煙を上げる街、空を飛び交うロケット、迫撃砲…。
戦争はいつまで経っても終わらないのだ、毎年毎年目にするのは悲惨な光景ばかり。
彼らは一体誰と戦っているのだろうか、或いは私達が地下に降りた時とは戦争の相手が変わっていて宇宙人とでも戦っているのだろうか?

ともかくまた地上へと向かうことになった。
だが、どうせ恐らく目にするのはまた同じ光景だろう。我々の使命は戦争が終わっているか終わっていないかを確認するだけだ。
戦争に巻き込まれて死ぬのはまっぴらだし、この都市の存在を敵側に知られるのもまずい。
一応敵国にはこの都市の存在はまだわかっていないようだった。
或いは大して戦局に影響がないと思われて放置されているのかもしれない。
ともかく我々は地上へと続く通路を抜けて、外の景色を眺める。そしてまだ戦争が続いているようだったらすぐに引き返す。
ごくまれに、調査団全員が帰ってこないこともある。
それほどにこの地上行きは危険ものなのだ。
なので、我々も出来るだけ地上に長く滞在することは避けたい。
中には調査をしたことにしてそのまま地上に向かわなかった調査団もあったらしい。
だが、後にそのことがばれてその団員はみな刑務所送りになった。
選ばれることは大変な名誉なことだとしても調査をしないということは大変な重罪なのだ。
出来れば無線かなにかで地上と連絡が取れればいいのだが、生憎ここは地下だし、唯一あった地上への連絡用の有線は途中で断線しているか向こう側の施設が壊れてしまっているかでつながらない。
結局、我々はめんどくさいことにわざわざ地上へと自分の足で向かわなければならないと言うわけだ。


我々は一通りの準備をし、そして市長の感情のこもっていない言葉と市民の声援を受けて地上へと続く入り口へと向かった。
それは長い長い、糞長いトンネルだ。
トンネル自体はせいぜい二車線の道路より少し小さいくらいの大きさだが長さは延々と数十キロもある。
最近はろくに補修もしないせいか痛みが激しく、いつ崩落してもおかしくないほどだ。
実際、我々が乗った二両編成の自動車も途中トンネルの崩落した後にぶち当たった。
幸い崩落の程度は激しく無かったのでただその瓦礫を避ければいいだけだったが、崩落が真上で起きたら不運としかいいようがない。

やがて我々は地上への入り口にたどり着いた。
そこでそのトンネルは大きな鋼鉄製の扉によってどんづまりになる。
昔はこの鋼鉄製の大きな扉全体が開いていたそうだが今はそれは動かない。
代わりにその横にある普通の大きさの鋼鉄の扉をあける。
一応、この扉は内側からしか開かないようになっている。
補修もある程度はしているので結構な頑丈な作りだ。
我々の舞台の隊長がその扉の解錠キーを入力するとガシャンという重い音と共に扉が開いた。
この瞬間が最も緊張する。外で戦争が起こっているとしても、そこに毒ガスが充満しているかもしれないし、放射能や未知の疫病が蔓延しているかもしれない。
我々は防護服に身を包み、その扉を抜けた場所で数々の検査をし、安全だとわかると防護服を脱ぎ捨て更に先へと向かった。
しばらく歩くと緑のツタに覆われた入り口から外の世界が見えた。

「ああ…またか」
私は無意識のうちにそう呟いていた。鼻先に煙の臭いを感じたからである。
ツタをかき分け地上を望むと確かに至るところで黒煙が上がり、時に遠くで爆弾が炸裂するのも見えた。
この入り口は山の中腹に埋もれるようにしてある。ここからだと地上の様子がよくわかった
望遠鏡で覗けば街の悲惨な様子も手に取るようにわかる。

「まだ戦争は続いているようですね」
と私が言うと

「ああ、まったく争い事の好きな野蛮な連中だ」
隊長が答えた。
と、その時である。
不意に近くから草を揺らす物音が聞こえた。
我々はとっさに銃を物音の方向に向け構える。

「待ってくれ、撃たないでくれ私は味方だ」
そう答えながら姿を現したのは我々となんら変わらない迷彩服に身を包んだ軍人らしい男だった。

「君たちは地下の人間だろ?ああ、本当に地下の人間はいたんだ…」
「あんたは誰だ」
「私は軍人でここの警備を行っているものだ。しかし長いことここにいるが、地下の人間に合うのは初めてだなぁ…」
「我々だって初めてだ。地上の人間に合うことなど…」
と隊長が答えた通り、我々の心臓は今にも爆発しそうなほどだった。
この三百回の調査のうち地上の人間にあったというのはせいぜい初めの数十年しかなかったからだ。

「戦争はまだ終わっていないのですか?」
私が男に問いかけると男はすぐに大きく頷き。

「信じられないかもしれないがまだ戦争は続いているんだ、ここから色々と見てみるといい、悲惨なもんさ、今や世界中のいたることろで戦争や内戦が起こっている。これでもまだここらは平和な方だ。丸まる国が無くなったところさえあるくらいなんだから…」
男の言うとおり望遠鏡を覗いて見える光景は悲惨な物だった。
ロケットで破壊された町、爆撃を受けたのか激しく燃えている場所もある。そこら中に死体が転がり無造作に積まれ山になっているのも見えた。

「私も本当は君達のところに行きたいくらいだよ、ここは地獄だからね。でも私には任務があるし家族もいる。ここで戦い続けなければならないんだ」
「辛くはないですか?」
「もう慣れたよ、なにせ生まれた時からずっと戦争なんだからね」
「………」
私達は胸に残った男の言葉を何度も繰り返し来た道を引き返していった。
また今年も同じ報告をしなければならないかと思うと心が重くなっているのを感じた。
いや同じ報告どころか外の世界はむしろ我々が思っている以上に悲惨な物だった。
あんなに悲惨な世界が広がっているのなら我々は外の世界に出る必要など全くない。
それどころか最近論議になっている地上との通路をふさいでしまうという法案を後押しすることになるかもしれない。
正直私も地下の世界の生活がそこまで嫌なわけじゃあない。
少なくともさっき見た地上の世界よりはこの世界が何百倍もすばらしい物のように思えた。
もう私も地上に戻ることも無いかもしれない。
地上の戦争はこれからも永遠に続いて行くのだろう。




電気自動車の姿が消え、完全に地下の人間がいなくなったことを確認してからその迷彩服を着た男は合図を放った。
合図と共に黒煙は次第に小さくなり死体の人間はゆっくりと起き上がって伸びをした。
壊れている外観の建物の中、それとは裏腹の整備され綺麗な建物の中にいた髭の男が大きくため息を吐く。

「まったく、毎年毎年飽きない連中だ。いい加減地上に出ることを止めてもらいたいものだがね」
「私もこんな地獄を見せつけられたら地上に出るのを止めたくなりますがね。やつらマゾなんでしょうかね?」
髭の隣にいたブロンドの短髪の男が冗談っぽく言う。

「まあ実際は平和そのものなんだがね」
戦争はとっくの昔、始まって五年で終わっていた。
その後二百九十五年の間全くの平和が続いていたのだ。
だが戦争の後、疲弊した小国の力では十万人以上の難民を受け入れる力は残っていなかった、それに彼らは地下で満足な生活を送っていることがわかっていたので彼らが地上に偵察に来る時だけ戦争の真似事をし、あたかも戦争が続いているように装って彼らを地下へと追い返して来たのだ。
それが一年二年と続いていくうち、半ば慣例化しそして地下の人間の存在自体が重荷となった。
地上の人間には彼らは死んだことにして。地下の人間達には外ではまだ戦争が続いていることにした。
そしてもはや三百年経った今、この小さな国にとって彼らは単なる重荷でしかない。
出来れば互いに忘れたことにしてしまってこのわけのわからない関係を終わらせたかった。

「もしも彼らが地上に戻ってきたらどうなるんでしょうか?」
短髪の男が口を開く。


「そりゃ君、何十万人の難民がいきなり現れるようなもんだよ。それこそ戦争が起こったような騒ぎになるさ」





















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